知識(ヴェーダ・ヴィディヤー)

ヴェーダはヴィド(知る)という言葉から派生した言葉で、知識・知る手段などの意味をもち、インドに伝わる聖なる知識です。


その文献はシュルティ(天啓聖典)といわれ、「聞かれたもの・・・」という様な意味です。

人間が考え出したのではなく、知った(聞こえた)だけなのです。


それを、啓示と言えばそうでしょうが、科学的な発見もすべて同じですね。

全ての発見は人間が創ったのではなく、そこに在ったことを見つけただけなのです。


なので、ヴェーダは人間が考えたのではないから哲学じゃない!という意見もあるほどです。


なるほど・・・そうとも言えますね。

相対性理論の発見は哲学じゃないですもんね。


しかし、科学は元々哲学の延長線に出来上がったともいえるので、兄弟のような関係です。

やはり、区別しているのは人間であり、言葉でしかないのかもしれませんね。


ヴィディヤーも元を同じくした言葉で、知識以外に学問などの意味もあります。

余談ですが、サンスクリット語で学校の事を「ヴィッディヤーラヤハ」なんて言います。

ヴィッディヤー(知識・学問)、アーラヤハ(家・場所)です。


そのヴィディヤーのア(否定)がアヴィディヤー(無知)ですが、ヨーガスートラには、

「無知とは、無常を常、不浄を浄、苦を楽、自己ならざるものを自己とみなすことである。」Ⅱ-5

とあります。

これらの対は全て同じことを言っています。

つまり、真理と真理でない事の見誤りです。


非常にシンプルなのですが、シンプル過ぎて見誤り易い事でもあります。

これら真理とそうでない事を見極める能力、識別力のことを、「ヴィヴェーカ」といいます。


例えば、

無常(変わりゆくもの)と常(変わらないもの)の見誤りは、

「明日は今日と同じようにやってくるはず・・・」

などの考えです。


そんな事は無い、明日が同じ様にやってくるとは限らない、そんな事は分かっている!

と言うかもしれません。

しかし、本気で思っていたら、毎日をもっと真剣に丁寧に生きるでしょう。


つまり、「するべき事と、せざるべき事」が分かるようになります。

これを、「カーリヤーカーリヤ(カーリヤ アカーリヤ)ヴィヴェーカ」と言います。


何か失敗をして落ち込んだとき、「私なんて生きている価値は無い・・・」

と思い詰めるのも同じ無知が原因です。

失敗する前とした後、自分という存在は何も変わっていないのにもかかわらず、そう思い込む事。


何が、無常で何が常か?

これを見極める能力・識別力を「ニッティヤーニッティヤ(ニッティヤ アニッティヤ)ヴィヴェーカ」と言います。


原文では常は「ニッティヤ」です。

これは、常と言う意味以外にも永遠と言う意味を持ちます。

変わらない=生まれも死にもしない=永遠

です。


自己ならざるものを自己とみなすこと・・・

も全く同じ意味です。


「あなた、変わっちゃったね・・・」

友達同士でよく交わされる気まずいセリフ。


たいていは、変わってしまった友人への批判で言うのですが、

これは、無知のなせる業です。


人間は変わります。


変わっちゃったね・・・

というあなたも変わっているのです。


この俗世に変わらない物など何もありません。

変わらないのは、それらを認めている本質のみ。


つまり、自己(アートマン)のみです。


自己=変わらない=生まれも死にもしない=永遠

しかし、肉体などの私感覚は無常です。


その私感覚をもってして「私は変わらない!」と決めつけているその考えが無知なのです。

むしろ、変わっていくように見える友人のほうが、ダルマです。


友人を語るなら、あなたも私も変わっていくけれど、それでも変わらぬ本質においては一つであると知ることが大切です。

これが理解できるならば、全ては友人であり、友人ではありません。

それらは、ただの言葉による区別です。


この世界、周りの全て、周りの人々には、一瞬、一瞬のご縁を精一杯向き合うのみ。

一期一会

それ以外に方法はないのです。

夫婦や家族ですら一緒です。

永遠の愛は、「誓ったから」「戸籍を入れたから」存在するのではなく、今の絶え間ない努力の繋がりです。


肉体的には永遠の関係は存在しません。

それを、無理に約束しようとしたり、無理強いするからこじれるのです。


今の連続が未来です。

変わらぬ関係などないのです。


1人では孤独だ・・・

だから、友人は多い方がいい・・・

そんな杓子定規な固定観念なんて捨ててしまいましょう。


というより、元々私たちは本質において永遠で一つなのだから。。。

繋がりに執着する事自体が無知であり、悩みや争いを生むのです。


友達は多くても少なくてもいいのです。


それよりも、アヒムサーであり、サティヤである事が大切です。


真理のみが本当の友達だからです。


トヴァメーヴァ マーター チャ ピター トヴァメーヴァ

トヴァメーヴァ バンドゥス チャ サカー トヴァメーヴァ

トヴァメーヴァ ヴィディヤー ドラヴィナン トヴァメーヴァ

トヴァメーヴァ サルヴァン ママ デーヴァデーヴァ


あなただけが、母であり、父、あなただけが・・・

あなただけが、親族であり、友人、あなただけが・・・

あなただけが、知識であり、宝、あなただけが・・・

あなただけが、私の全て、おぉ、神よ、神よ・・・


美しくて大好きな句をご紹介しました。


あなた=母=父=親族=友人=知識=宝=私の全て=神

なんです。


だから、戦争もダメだし自殺もダメ、肉食も控えるべきなのです。



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# by uz-ni-chan | 2017-09-03 20:38 | DG 勉強会

アートマン(真実の自分)

先日紹介しましたが最近、「初心者向けヨガ講座」というのをレギュラーレッスンHPで更新しております。

良かったら、読んでみてください。


上記の講座でも「真実の自分(アートマン)」の説明を簡単にしましたが、このブログではもう少し慣れた方向けに書きたいと思います。


プチヨガ哲学講座です。(^^)


さて早速始めます。

ヨガの目的でもある、「真実の自分」の事をサンスクリット語で「アートマン」と言います。


アートマンをプルシャとも言います。

プルシャは「人」程度の意味でも使いますが、ヨガ哲学として語られる場合は、アートマンと同義と捉えて良いでしょう。


その真実の自分であるアートマンは「観る者」と表現されます。

この世界(俗世)のその他の全ては「観られる者」です。

※観られる者を「プラクリティ」と言います。


自分で認識できるものは全て「観られる者」です。

真実の自分は「観る者」であって決して「観られる者」にはなり得ません。

つまり、五感(聴覚、触覚、視覚、味覚、嗅覚)では絶対に知覚できません。

それは、「目は自身である目を見る事はできない。」「刀は自分で自分を切れない。」などと例えられます。


皆さんは、自分の身体は知覚出来ますよね???実際見えるし触れますもんね。

自分の心は???掴みどころはないけれど、解りますよね?

自分の思考は???「私の考え」、「私のアイディア」なんて言うくらいだから知覚の範囲内ですね。

つまり、自分で分かっている自分は全て「真実の自分ではない」のです!?

それらは、「偽りの自分(アハンカーラ)」とヨガでは言います。

衝撃の事実ですね。(^_^;)


本当の自分に気付く方法であり修練がヨガなのに、知覚出来ないならヨガなんて意味がないのでは???

そう思いますよね?

実際そう考える人達もいます。

ヨガ=体操の様なポーズ…

と思っていればそうかもしれませんね。


五感で知覚出来ないなら、行為ではたどり着けないという事になりますので。


そう考える人達は、「知識」によってアートマンに迫ろうとします。

その知識を伝えるのが、「ヴェーダ」と言われる聖典です。


しかし、その聖典ですら、知覚出来ないアートマンの説明は逆説的になります。

つまり・・・

「それはあなたとは違う、それも違う…」とアートマンでない物を否定していく方法でしか、説明が出来ないのです。

違うという根拠が事実としてある以上、「それは真実のあなたではない」としか言いようがないのです。


それらをすべて否定した(自己否定)末にそこに在るのが、「真実の自分」なのです。

※自己否定と言っても、偽りの自分の否定ですので非常に前向きな行為です。


その真実の自分は・・・


サット・チット・アーナンダ


だと、聖典は言います。

サット・・・真実・実在・善い・純潔な・至高精神・・・

チット・・・意識・知性・純粋・魂・・・

アーナンダ・・・幸福・喜び・至福・至高・神・・・


良い悪いなどという二元性を超えたその存在は「に非ず、に非ず…」と表現をする以外にいろんな表現を尽くして表そうとしています。(言葉では表現できないのが本性ですが・・・)

それが、サッチダーナンダ(サット・チット・アーナンダ)なのです。


しかし、ただ頭で知っても???な人も多いのでは?


なので、「行為」によって経験的に

「これは自分じゃない、これも違う・・・」

と身をもって学んでゆくのです。

ここに、行為として取り組むヨガの意味が出てきます。


ヨーガスートラにあるアシュタンガにも「スヴァディヤーヤ」という項目があります。

頭で知って、経験でも納得する事。

それが大切なのです。


そして、それらの知識と経験による気付きによって、無駄に背負い込んでいる重荷を減らしてみて下さい。


重荷(肩書きや思い込み)が減るほどに、「サット・チット・アーナンダ」なあなたに近づいていることでしょう。


それまでは、真実の自分は「真実で、全てを知っていて、喜びでしかない存在」なんだ!と信じてヨガの修練を積んでみて下さいね。


気が付けば「ダルマ」の道に則って進んでいる自分に気付くかもしれませんね。(^_-)-☆


で・・・

偽りの自分と知った自分の身体やら心やらという物たちとどう付き合えばいいか???

真実の自分じゃないからどうでもいい???


いえいえ、

「それらはあなたです。」

から。。。

全てに対して、丁寧に愛をもって向き合ってくださいね。(^_-)-☆


これが納得できれば、大したものです。

ヨガが深まっている証拠ですね。


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# by uz-ni-chan | 2017-08-28 16:04 | DG 勉強会

「初心者向けYoga講座ブログ」開設

こんにちは。

最近、HPのリニューアルを続けております。
是非覗いてみて下さい。

そして、あまり知られていませんが「レギュラーレッスンのHP」というのもあります。
そちらも、リニューアルしてます。

その中で「初心者向けヨガ講座ブログ」というのをスタートしております。
このブログをお読みの方は初心者ではないかもしれませんが、復習にどうぞ!

8月29日(火)13時~15時30分
スペシャルレッスン@梅森
を行います!

夏休み最後の思い出に!
夏休み最後のストレス解消に!
夏休み最後の癒しに!

是非いらしてください!
お待ちしております。

詳細は「こちら」から。


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# by uz-ni-chan | 2017-08-07 14:47 | Yoga