変わらないもの

こんにちは。
今日は雨。
雨はなんで降るのでしょうね。
「水が蒸発して、水蒸気になり、雲が出来て、冷やされて空中に留まれなくなり降り出す。」
そんな感じでしたっけ?
でも、昔の人は
「雨は草木を育てる為に降る」
「草木は動物を育てるために育つ」
なんて、まるでその状態にすら意志があるかの様に語っていました。
神話の世界。
素敵ですね。
雨の妖精、木の妖精、大地の神様・・・
見えないものをその人の能力や身体を使って表現するのも「芸術」ですね。
ヨガはアート(芸術)です。
「気持ち」という見えない物を身体で表現して下さいね。

さて、今日も始めましょう。(こんな感じでいつもレッスンが開始されます。)
でも、この始まりはブログです。(^^;
今日もお付き合いお願いします。

今日のお題は「変わらない物」
言い方を変えると「普遍な物」「永遠な物」
と聞いて皆様どう思いますか?
日本人的な感覚だと「諸行無常」でしょうか?
変わらない物など無いと・・・

今も昔も変わらない哲学的なテーマですね。

ヨガでも、この大テーマがバックにあってこそです。
変わりゆくもの=権力、富、肉体、心・・・
変わらないもの=不死の魂(アートマン)、そして宇宙の法則(ブラフマン)

肩書きや生活(権力)を捨て、持ち物(富)を捨て、感覚を制御(肉体)し、心の作用を制御します。
まさにヨガの取り組み。
全てを捨てると本質に至るという仕組(システム)みです。
目に見える世界から順番に消しゴムで消していくと・・・
消しゴムで消している意識(宇宙の法則)にたどり着く。
ヨーガスートラと言われる経典の背景にある「サーンキヤ哲学」を簡単に書くとこんな感じでしょうか?

ならば、目的である「変わらない物」について思いを巡らすのはヨガを志す者には必須ですね。
これ自体が瞑想になります。

古今東西変わらぬ哲学のテーマ・・・
この長い歴史の中で変わらぬテーマとすると、「その答え」こそ普遍的な物かもしれませんね。

肉体は変わりゆく、心も変わりゆく・・・
しかし、変わらない魂、永遠の魂があるはず。
とインド(つまり輪廻の思想がある所)は考えたのです。

死んだらどうなる???
考えたくないけど、考えさせられるテーマ。
「死んだら終わり、だから人生を謳歌しよう!」
が現代の人の考え方でしょう。
謳歌出来る(可能性のある)環境にいるからこその考えでしょうね。

輪廻の思想を思うにつけ、
「死ぬのは怖い、(永遠の魂に希望を繋ぐあたりから想像できます)、
でも生まれ変わるのはもっと不安(解脱志向からうかがい知れます)。」
きっと過酷な世の中だったんだろうなぁ、可能性も無かったんだろうなぁ・・・と考えてしまいます。

「物体と精神」のように、見える物と見えないものに分ける考え方は
「変わりゆく物と変わらない物」ととらえる事が出来ますね。

例えば、今いろいろな健康法が世間を賑わせていますね。
長い間、健康関連業界にいるので解りますが、それはそれは大変な数が出回り消えていきます。
「決定版!」「大人気!」「今話題の!」「伝統の!」「楽に!」「すぐに!」「手軽に!」
とにかくおびただしい数の方法論。
どれもこれも・・・正直なんにも特別な事は無いんです。
「最新理論!!!」とか言っていても。。。
どんどん変わる物には真理は無いと思っています。
好きな事を選んですればいいんです。

もし、この方法論の中で唯一の共通点を見つけ出すとしたら、
「続けなければ効果は持続しない」
こと・・・
今後(今までもあったかもしれませんが、それは嘘ですね。)継続不要の方法論が飛び出すかもしれません。
しかし、肉体的なエクササイズとしては今の所これが「普遍的な法則」かもしれません。
という事は「好きな事を見つけて継続してね!」という事になります。
ヨガが皆様の好きな事に選ばれますように・・・(^_-)-☆

全ての事に一貫して作用している事が「普遍的」と言えます。
そこに「真理」「本質」があると考えます。
いろいろな情報の中で、「どれが本当か悩むぅ・・・」とか思った時にこの考え方は役立ちます。

例えば、今をもって”僕らの住む世界”では「普遍的」と言われる「ニュートン法則」
この法則は宇宙の星の動きまで、知ることが可能です。

しかし、超高速の世界では???
どうも違うらしい・・・という事でアインシュタインで有名な「相対性理論」が登場。
光速に近い世界での物理現象を証明。(理論上ではタイムマシンは可能?!)

でも、超微細の世界では違うらしいよ?!
って事で「量子力学」とかが出て、

その全てを説明できる法則ってので今注目は「超弦理論」?!

そう、ニュートン法則も相対性理論も完璧ではないんです。
(まあ、僕を含めた普通の人の感覚なら完璧と言っても問題ないのですが・・・)

これらの「物理的」「科学的」取り組みは「普遍なるもの」の追及と言えますね。
この世の中のバックにある「普遍的な物」の設計図を探す?もしくは書いていると言えます。

いつか解明するのか、しないのか?
どちらにしても、何かしらの法則があるのは間違いが無いようです。

そんな「本質」の追及である「科学」をやたらと嫌う傾向が最近出てきていますね。
逆に「科学的根拠」という意味不明の根拠を簡単に信じる傾向も。

たぶんどちらも、同じ考え方から起こる悲しい間違いのような気がします。
上辺に見える事だけで判断したり、追従したり・・・
(この追従する大衆の考えが浅いと恐ろしい事になります。ナチスドイツのように・・・日本もそうだ!今の日本も・・・)
動くヨガは肉体的、じっと坐ると精神的・瞑想的みたいな勘違い。
「何ヨガですか?」って聞かれると悲しくなります。
でもあまりによく聞かれるので「DG」って名前付けました。
こうやって区別が増えるんでしょうね。
僕も立派な追従者ですね。(^^;

どちらも「普遍なるもの」の追及なんです。
区別するところではないのです。

「唯物論者」も「神秘主義者」も結局は「本当の事」が知りたいのではないのかと思うのです。
お互い、相手の事に興味を持ってみてはいかがでしょうか?
例えば、頭を使ったり動いたりするのが好きな人は「じっとしたり、ゆっくり静かに感じてみる」とか、
感覚的な事が好きな人は「感じた事を言葉にしたり、現実的な事象に照らして考えてみる」とか・・・

そして、自分の世界観に置き換えて自分の世界に住まわせてみる。
すると、世界が広がりますよね???
ここはインドを見習うといいです。
世界の賢者、神様は自分たちの神様の化身と考えて排除しません。
だって、「お釈迦様はヴィシュヌ神の化身」ってことになってるそうです、ヒンドゥーでは。(^^;
平和的解決です。

「変わらないもの」の例えが、
「自然法則」であったり、「神」であったりしてもいいじゃないですか?
「世界精神」でも「理性」でも「愛」でも。。。
(余談ですが、昨日のブログで「愛」と表現したのはこの「変わらない物」の一つの表現なんです。)

みんな同じ興味を持っている
すると、みんな同志って事になりますね。(^^)/
ここまで来て、「人類みな兄弟」って言えるかもしれませんね。

まあ、これは机上の空論ですが。。。
ファンタジー、妄想の世界です。

今日は、「変わらぬもの」から「世界平和」に強引に結びつけるお話でした・・・
と締めくくりたいと思います。
中盤に来て混沌としています。
書くことは楽しいのですが、纏まりが無くてすいません。
でも、まだまだUZワールドは続きます。
お楽しみに!

では、明日。。。



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by uz-ni-chan | 2013-10-29 16:55 | 一ヶ月更新2013
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