カテゴリ:一ヶ月更新2013( 31 )

Deep Grounding YOGA

皆様こんにちは。
今日も雨・・・
気持ち良い秋晴れを期待した季節に残念。
でも、これも「良い天気」と思ってみましょう。(^^)

さて、連続更新中三分の一が過ぎました。
このあたりで、「Deep Grounuding」というヨガについて説明したいと思います。
DG(DeepGrounding)は名古屋のヨガインストラクターである、SaoriとUZが開発し立ち上げました。
全く違う経歴の二人がヨガで瓜二つの価値観を見出した事で「真理・本質」を直観し創り上げたのです。

一般向けの説明は既に公開している「HP」「About DeepGrounding」に譲ります。

ここでは、UZのしつこい?!長文に慣れてきた方々にもう少し深い(Deep)お話をしたいと思います。

先ずDeep Groundingと聞いてどんな感じでしょうか???
「地に足を付ける」
「安定したぶれない心」
そんな感じでしょうか???
どれも正解です。
言葉だけで言うと「深く接地する」となります。

「地に足の着いた自立した」大人のため、もしくは大人を目指すヨガ。
そんな感じです。

深く何に接地するのか?
自分の本質。
人間の本質。
自然界の本質。
この世の本質。
全ての本質。

自分はどんな人間で、どこからやってきて、どんな使命で今を生きているのか?
つまり、セルフアイデンティティを養うという事になります。

こう説明すると、非常に哲学的なヨガ?!
と思われるかもしれませんが、レッスン自体は徹底的に「フィジカル」です。

ヨガを「肉体的」「瞑想的」などと分ける傾向があるようですが、
DeepGroundingではそれは無いと思っています。

坐っている時間が多いから「瞑想的」
動いている時間が多いから「肉体的」
そんな単純じゃないですよね???

DeepGroundingでは徹底的にアライメントにこだわります。
すると、初参加の方から
「初めてちゃんと立った気がしました!」
などの感想がもらえることがあります。
しかし、その反面。
「結構頭を使うんですね。疲れました。」
と言う方も。
こんな方こそDGを続けて欲しいと思います。

アライメントを整える為には「感じる」力が育ってないとできません。
「足首の真上まで膝を曲げます。」と言われたとします。
足首の真上に膝が位置していることを伝えるセンサーが働かないと始まりません。
初めは目で見て手で触れて確認する必要がある方が大半です。
へたをすると、「足首?」「膝?」などと言われても一瞬理解できない場合もあります。
まさか?!思うでしょうか初心者の大半がそうだし、ヨガを何年もしていても意識する練習をしていなければ同じです。
そんな方ははじめは「頭を使って疲れた」と思ってしまうのですが、感じる力が極度に低下している危険な状態だと認識した方がいいでしょう。
自分の足首や膝を考えるだけで疲れるなんて・・・
そんな方の共通点として、
「キョロキョロと周りを見てばかり。」
もしくは、
「ボーッとして眠ってしまう。」
があげられます。
つまり全然聞いてない。σ^_^;
「心ここにあらず」の状態です。
自律神経失調症などの心身症に向けてまっしぐら!にならないように気を付けて下さいね。

ポーズには集中力がいります。
要点は、
先ず、「アライメント(姿勢)を整えます。」(細かく意識出来る程よい。)
次に、「目線を固定します。」(ポーズによっては目線を先に固定した方がアライメントに集中しやすい。)
そして、「呼吸を入れます。」(ポーズを固定した物にするのではなく、命を吹き込みます。)
慣れたら、全てを同時に行います。

つまり、
アーサナ(ポーズ)
プラーナヤーマ(呼吸)
プラティヤハーラ(アライメントの集中により感覚を皮膚より内にひっこめる)
ダーラナ(目線、姿勢、呼吸など全ての今に集中)
ディヤーナ(上記の連続によって達成)
サマーディ(本質に至る)
となり、
おなじみの「ラージャヨガ」の取り組みとなるのです。

さらに、
アーサナを熱心にする事はいろいろな葛藤を生みます。
それ自体を感じ考えることで哲学的な取り組みが生まれます。
哲学的に取り組むヨガを「ギャーナ(ジュニャーナ)ヨガ」といいます。
本質、光に至るのに頭を使う事を助けとするのです。

UZはポーズ中葛藤を探るように言葉を投げかけたり、レッスン前にテーマの話をします。
言ってみれば「禅問答」みたいな感じでしょうか?

そして、いましている事に、ただただ集中する為の練習としてアーサナを推奨します。
結果を気にせず行為に集中する事を「カルマヨガ」と言います。
慣れるとアーサナしなくても、仕事でも家事でもヨガにする事が出来ます。
つまり、生活の全てを捧げるのです。(何に?)

もう一つ、自分自身を大切な何かに捧げるつもりでアーサナを行う事もお勧めしています。
大切な人や何かに捧げる物なら大切に扱いますよね?
捧げる相手は「旦那様でも彼氏でも会社でも国でも、大いなる何かでも、なんでもいいと思いますが、自分以外の何かに捧げます。」
全てを捧げるヨガを「バクティヨガ」といい、別名「愛のヨガ」とも言われます。


「ラージャ」「ギヤーナ」「カルマ」「バクティ」
世界4大ヨーガが全て登場しました。

もちろんアーサナを中心するので、「ハタヨガ」の要素も含んでいます。

つまり、ヨガは元々区別するものではなくて、それ自体に全ての要素を含んでいるのです。
そんな本来の姿を想像し再構築したのがDeepGroundingというヨガなのです。

初めは「肉体的」に感じるかもしれませんが、
段々とスピリットが成長するに従い、イメージとしての「禅」と変わらない事に気付けるようにと思っています。

ヨガは変幻自在に姿を変えます。
どんな人にもどんな時代でも行える懐の深いものでもあります。
考える事、行動すること、捧げること・・・
この全てはヨガであり、生き方であり、世界であるように思います。

そんな貴方だけのヨガを見つけるガイドがDeep Groundingというヨガなんです。
二人のレッスンであればどこのレッスンでもDG哲学がベースです。
受けてみたいと思う方はお近くの教室までお越しくださいね。

詳しくはHPをご覧下さい。


ではまた明日。

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by uz-ni-chan | 2013-10-23 13:02 | 一ヶ月更新2013

当たり前?!

皆様こんばんは。
台風の影響か、はっきりしない天気になりましたね。
今週末にはまたしても大きな台風が来るようなので気を付けて下さいね。

今日は、先日のブログでもチラッとお話した、「蟻の話」と「鮮魚コーナーのお話」をします。
大したお話ではないです。
たぶん皆様も子供のころ考えた事があると思います。
しかし、この記憶はUZの人格形成に大きな影響を与えていると自分自身で確信があるので、よく覚えているのです。
では、はじまりはじまりぃ・・・

先ずは「蟻の話」

少年(小学生の頃のUZ)が蟻の行列を見ていました。
自分の体より大きな荷物を持ったり、みんな行儀よく整列して歩いたり。
「良く働くなぁ・・・」
「でももし僕が気まぐれにこの行列を踏みつぶしたら全部死んじゃうよなぁ・・・」
(実際遊び半分でやったことは誰でもありますよね?)
「もし、僕が踏まなくても、気付かずに踏みつぶす人もいるだろうし・・・」
(これは誰しもやっているはず。)
「この蟻たち、何か悪い事した訳じゃないのに。。。」

親に言われたように振る舞っても、先生に叱られたり、友達と喧嘩になったり・・・
「どうすれば上手く生きていけるのかなぁ・・・」
きっと、「こうすれば大丈夫!」
みたいな方法論や真理があるはず。
その頃から「真理」を追及したいという性質だったのかも。

「正しく生きれば、良い結果が得られる。」
「悪いことをすると罰があたる。」
と教育され信じていた少年が、蟻の事実を目の当たりにして愕然とします。

蟻は頑張って生きているのに、気まぐれや無意識に殺される事が当たり前なんだ!?

それでも蟻は頑張って荷物を運んでいます。

少年は思いました。
「人の一生もいつ終わるか分からない。神様の気まぐれだってあるかも?上手くやる方法なんて考えてないで今を精一杯生きよう。」
「明日の為に上手に生きるより今を精一杯・・・」

そんな風に気が付いた瞬間でした。



次に「鮮魚コーナーのお話」

少年は母親についてスーパーマーケットに行きました。
普通のスーバーにある普通の鮮魚コーナーで突然・・・

「もし、魚と人間が反対だったら?!」
?!?!?!?!?!?!?!?(゜o゜)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(*_*)

考えたくない事実。

「切り身?!」
「三枚おろし?!」
極め付けは
「開き?!」
「焼き魚?!」

地獄だ・・・

精肉コーナーではもっとリアルです。
「もも肉?!」
「牛タン?!」
「肝?!」

スーバーマーケットの当たり前の光景。
心底
「人間で良かった・・・」
と思った事をよく覚えています。

そんな経験から、テレビの食べ物番組で、可愛い女性レポーターが高級肉の紹介などで、
「美味しそうな霜降りのお肉ですねぇ・・・(^^)」と嬉しそうに言っていたり、
「肉汁がたっぷりで食欲をそそりますねぇ・・・(*^^*)」
とか言っているのを聞くと、ちょっとビビる自分がいます。

生肉を見て「美味しそう!!!」と興奮気味に語る可愛い女性。。。(^^;;;

はい、分かってます。
僕がおかしいんです。
でも、牛がテレビをみながら、人間肉を・・・(これ以上言うのは止めましょう。)
どうしても違和感を覚えます。

だからと言って完全ベジではありませんし、出された物はすべて食べます。
もし自分が食肉用で育てられ料理されたとして、残された日にはうかばれないだろうなぁ・・・と思って。

ふっと思うだけです。
子供の頃の記憶です。
でも、忘れないでいたい気持ちだと思うのです。

決して「肉食べたらいかん!」
とか思いません。

しかし当たり前と思わず、せめて感謝して今日一日を過ごし、そして感謝してご飯を頂きたいものですね。

レッスンで、たまにお話します。
「当たり前」の反対の言葉を知ってますか???
と・・・
皆様ご存じですか?
正解は、「有難い」なんです。

慣れっこになって「当たり前」になると感謝の気持ちが無くなります。

ヨガは「当たり前」を当たり前にしてしまわず「意識」してする練習です。
身体の隅々を意識して、呼吸を意識して、今している事を意識して・・・

言い換えればヨガは「感謝」をする練習なんですね。

意識は感謝に繋がります。

意識は全ての始まりです。

意識があり、全てが始まります。

いろいろと意識をする練習。
そんな気持ちでヨガのポーズをしてみてはいかがですか?

明日の練習から早速どうぞ。

意識が最終的に「光」に到達するまでを、この連続更新チャレンジ中にお話ししたいと思います。
既に、解ってきた人もいるとは思いますが・・・

では、また明日。


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by uz-ni-chan | 2013-10-22 19:08 | 一ヶ月更新2013

ヨガって何だろう。

こんにちは。
今日は秋晴れ!!!
こんな日は気持ちも身体も元気になる単純なUZです。

連続更新チャレンジも2週目に突入。
ここらで基本的な話題に触れてみたいと思います。

「ヨガって何だろう???」

⑦「輪廻転生の輪から脱出(解脱)するための修行・・・」
・・・・・・・
基本がこれです。(^^;;;
輪廻の思想がもともと無ければヨガをする意味なし???
んなことない。

少しハードルを下げます。
⑥「心を無にして本来の静けさ(自分の内なる本質)に近づく練習・・・」
なんか素敵に聞こえるけど、実感なし。だいたい心が無にならない(^^;;;

もう少し、視点を変えて、
⑤「心をコントロールする練習」
ん?!これなら出来そうな・・・そして実利がありそう。
でも、心をコントロールするには相当の訓練がいりそう。。。

じゃぁ、
④「自分を見つめる練習」
これならなんか出来そう。
でも、自分を知らない人が圧倒的という現実。
本当に自分を見つめられるのかな???

分かりやすさとしては・・・
③「身体のコントロール」
思ったように動く身体を作りたい。
運動選手だけでなく、憧れますね。

これならどう???
②「身体を動かして、心身に感想を聞く練習」
痛いとか辛いとか、気持ちいいとかならなんとか分かりそう。

万人向け!!!
①「身体を動かして心身共に健康になろう!」
だれしもが望むところ。
でも、なかなか続けられないもんですが。。。

このどれもがヨガの目的であり、達成可能な内容です。

究極は⑦の解脱(悟りともいう)によって、自分の本来の姿である「光り輝く智福の存在にたどり着く(帰る)」ための道だったりしますが、どの段階が目的でも良いのだと思います。

野球をする人の目的が全て「メジャーリーグでのワールドシリーズ制覇」ではないのと同じ。
スケートをする人がみんな「ソチオリンピック」を目指しているのではないのと同じ。

①は運動不足の人向け。
この段階なら何しても無理さえしなければ、体調は改善される可能性が高い。

②少し慣れたら・・・
①にもあるように「無理」しないためにも身体の声を聴く練習は欠かせません。
初心者のうちは無理すらできないので割と大丈夫なんですが、慣れてくると楽しくなってやり過ぎたり・・・

③一般の方でもこのくらいまでは進みたい範囲
と言っても侮れない範囲で、殆どの人間はここまで進んだら立派ではないでしょうか?
思い通りに身体が動いたら、オリンピック金メダルですもんね。
しかし、そんなレベルの話でなくても、転倒予防や姿勢を整えるなど、一般人は普段の生活のスペシャリストを目指す事をお勧めします。

④おっ、ヨガっぽい!
自分を鏡で見つめる訳ではないですよ。
しかし、そこから始めてもいいかもしれませんね。
自分の姿、自分の気持ち、自分の性格・・・
誰しもがなんとなくしている作業ですが、それを意志をもって行います。

⑤これはほぼヨガの目的とイコールになります。
ほぼ不可能に近いほど難しいのですが、身体を整えたり、呼吸を練習したり、自分を見つめたりを繰り返す事により、心の安定は誰しも可能です。
メンタルトレーニングとして考えてもいいですね。アスリートやビジネスパーソンには必要ですね。

⑥本質に近づく為には本質の事を知る必要があります。
哲学的な思索も必要でしょう。
心は無にならなくても本質についての勉強は可能です。

⑦「光り輝く智福の存在に帰る」・・・帰る???
ってことは元々私たちは「それ」だった事になりますね???
光って???
光の別名は「神」であり「世界」であり「美」であり「愛」であり「存在」であり・・・
つまり「それ」なんです。

一先ず思い付きで①〜⑦まで7分割しましたが、この作業は連続的であり同時進行しています。
①と思ってやっても⑦に進む道です。
貴方が思う思わないに関係なくです。

ただ、いくつか条件があります。

信じたことを(もしくは信じて)やること。
真剣にやること。
夢中でやること。
続けてやること。
です。

自分の信じた道を進む勇気ある者にのみ「祝福」があります。
それこそが、光に続く道となると思うから。。。

この連続更新チャレンジ中に「光」についてのUZの見解もお話したいと思っています。
お楽しみに!

それでは、明日。

ふぅ〜・・・今日も無事終了。。。

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by uz-ni-chan | 2013-10-21 18:04 | 一ヶ月更新2013

自分を知る(実践編)

雨ですね。
朝のレッスンからべたべたになって帰って来ました。
次のレッスンまでの時間。
早速はじめましょう。

今日は実践してみましょうね。

先ず楽な姿勢をつくります。
シャバアーサナでもいいし、椅子に座ってもいい。
目を閉じて自分の姿をイメージします。
そのままの姿勢をイメージしてもいいし(やりやすい)違う姿勢の自分でもいい(いつでも続きをはじめやすい)。

そして、自分を世界だとイメージします。
自分が宇宙、世界、大地。。。
一先ず大陸としましょう。

地図を作っていくのです。

例えば、横たわっている自分を大陸だとイメージします。
海岸線に沿って冒険してみましょう。
「肩」という穏やかなカーブの先に「腕」という細長い半島が突き出しています。
途中「肘」という出っ張りが見えます。
更に先端に向かうと複雑なリアス式海岸を連想させる「手」が現れます。
それぞれの凸凹には「親指」「人差し指」など細かな名前があります。

内陸部に目を向けてみまよう。
手のリアス式海岸から上がるとすぐに「掌」という台地・平地が確認できます。
「お腹」というなだらかな平野の真ん中には「臍」という窪地またはクレーターがあります。
「鼻」という尖った山や「顎」から「喉」にかけての断崖もありますね。

出来るだけ細かい地図をつくるのです。
地名が解らないところは後から調べてみてください。
もしくはオリジナルの名前を付けて自分という世界観を作っても良いでしょう。
(しかし、この方法、例えば肘にジョアンナとか名前を付けても他人と共有できませんが・・・個人的にはこんな自由さは好きです。)

地中に潜る旅に出てもいいでしょう。
こんな時、「解剖学」がガイドになるかもしれませんね。
しかし、解剖学にこだわらなくてもいいと思います。
体内に入ると目に見えません。(現代は映像技術が発達しているので、ある程度想像できてしまいますが。)
すると、想像力が大切になります。
ある人は「解剖的」に・・・
ある人は「心」はどこ?とか「意識」の形は???
と進むかもしれませんね。

自分という世界を創造するファンタジーのはじめですので、発想は自由で良いのですが、
初めから空想に耽るのではなく出来るだけ事実を見る練習をしてみてください。

そして、イメージで創り上げた世界を目覚めさせ息を吹き込みます。(シャバアーサナや瞑想から戻る)
細かく創り上げた感覚を頼りに日々の生活やヨガのアーサナをしてみてください。
自分という世界を細かく知れば知るほど身体意識、生活意識が変わる事でしょう。

レッスンの最後のシャバアーサナで生まれ変わります。
レッスン後から新しい世界に生まれ変わった人生の始まりです。

ヨガの良いところは「いつでもリセット出来る事」です。
良いも悪いもリセットして「いつでもやり直し」をして下さい。

人生に手遅れはないと思います。
今からでも遅くない。
諦めなければ、いつでも今日が「初日」になるのだから。。。

自分という世界の「支配者」は貴方です。
穏やかで住み心地の良い世界を創造する「支配者」になってくださいね。(^^)

さて、準備してレッスンに向かいます!
今日も素敵な一日を!

ではまた明日。


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by uz-ni-chan | 2013-10-20 10:47 | 一ヶ月更新2013

実はなぁ〜んにも決まってません!

こんにちは。一週間経ちました。
まだまだ、湧き出てきます。
大丈夫です。

この「一ヶ月毎日ブログ更新チャレンジ」を決意したときに決めた自分のルールに、
「引用やコピペをしない」「調べて書かない」
があります。
正確な情報を伝えるための確認作業は除き基本的にPCに向かい溢れ出る言葉のみを書き出しています。
なので、もしかしたら勘違いもあるかもしれませんので、その程度にお読みください。
もし、「パクリやん!」って思う文章があったとしても、何も見ずに書き込んでいますので、そのあたりは見逃して頂けたら幸いです。

そもそも人生って「パクリ」の連続ですよね。
教育や経験、勉強を通して価値観を創り出して行きます。
これ自体、先人の知恵の「パクリ」です。
大きな影響を受けた刺激は、そのままその人の人格形成に多大な影響を与えるでしょう。
なので、「パクリ」と言われない為にも調べず書く事にこだわっているのです。
パクリと言うのは、そのまま理解せず解釈せずあたかも自分の考えの様に人の考えや文章を利用する事だと思うのです。
僕らの仕事もそうです。
インストラクションする言葉は、「習ったから」発するのではなく、自分の中で消化吸収してから語るべきだと思うのです。

またしても長い前置きですいません。
本題はここから・・・
はじまり、はじまりぃ。

少年が、陽だまりにに横たわり天井を見上げています。
太陽の光に照らされてキラキラと踊るプラーナ(たぶんただの埃^^;;;)を見つめながら・・・
「もしこのキラキラの中に小さな小さな世界があるとしたら、僕がクシャミしたら大惨事だろうなぁ。。。」
そう、小さな世界の運命はこの少年が握っているのです。
こんな事考えた事ありませんか???
この少年、小学校低学年の頃のUZです。
もちろんプラーナなんて知りませんが・・・

貴方が物語を書き出したとします。
もしかしたら自分を主人公(お姫様?)の様に深い思い入れを持って。。。
それは、こんな物語です。

ある男の子が石の中から生まれます。
その男の子は石の様な強い意志と正義感をもって立派な青年(たぶんイケメン)に成長します。
世の中の悪と戦い英雄となり、素敵なお姫様(絶世の美女と相場が決まってます。)と出会い恋をします。
しかし、世の中は彼の助けを必要としています。
お姫様を選ぶか世の中を選ぶか!?!?!?

貴方が書き出した物語です。
貴方が決めればいいのです。

①お姫様との愛を貫いて、英雄の座を捨ててつつましく暮らしましたとさ・・・
②世の中の為と、泣く泣くお姫様と別れて戦いましたとさ・・・
③どっちも諦めきれず、優柔不断な男になり、戦わない彼は英雄でいられずお姫様にも嫌われましたとさ・・・
④世の中の為に戦い、さらにお姫様を迎えに戻りましたとさ・・・

個人的には③は避けたいですが、どれを選択しても正解だし、どの運命も貴方の手中にあるのです。

つまり、なぁ〜んにも「決まってない」んです。

貴方は自分の書き出した物語の支配者です。
つまり、昨日の話でいうなら、物語の「神」であり「自然法則」なんです。
だいたい「石から生まれた」なんて貴方が作った法則なんですから・・・

では、自分自身の物語(人生)は自分でどこまで決められるのでしょうね?

実際の人生は初めの決断だけしか決められませんよね?
例えば、
①お姫様との愛を貫いてつつましく暮らそうとしたけど、病気になってしまいましたとさ・・・
とか
②お姫様と別れて戦おうと思ったら事故にあいましたとさ・・・
とか、
③お姫様に嫌われしまい反省した元英雄は、気を取り直し努力して更に美しいお姫様をものにしましたとさ・・・
とか、
④世の中の為に戦い、お姫様を迎えに帰ったら、別の男と結婚していましたとさ・・・
とか、とか、とか・・・
初めの判断は同じでも違う結末が待ってるかもしれません。

周りにいる全ての人が自分の物語を書きながら進んでいけばどこかで矛盾がでる。
それが、結果を決められない理由です。

だから、人生は面白い?!

自分という登場人物を書いている手は誰の手???
自分が書いた物語の登場人物が物語を書いたら???
その彼が書いているのがもし貴方の事だったら???
それをコントロールしているのは???

結局「なぁ〜んにも決まっていない!」のです。
だから、自分らしく生きる努力をするのです。
まるで、自分という主人公の物語を書くように。

こんな風に自分の考えに真っ向から挑む理論を考えるのも楽しいものです。
でも、結局は「自分の事は書かれている」ように思えてきます。

対局にあるような考えを深く突き合わせると一つに溶け合う時が生まれる。
どちらも「あり」の2元であり、どちらも「一緒」の一元で、それ自体も自分が創り上げた空想の物語であるなら、「もともと無かった」0元なのかもしれませんね?
「な〜んだ、じゃ考えても無駄じゃん。」
と思うなかれ。
もともとの考えた事も無かった「無」と、考えた末に創り出した「空」は違うと思うから。。。

仏教の「空」の理論を語ったのではなく、UZが思う世界観ですので、くれぐれも「空」の理解についての論争をけしかけないで下さいね。
しかし、皆様個人が思い描く「世界観」についてのディスカッションは大歓迎です。

これからは、国境、宗教を超えた、個人が根ざすセルフアイデンティティの時代だと思います。
ぶれない自分を見つけるために考え出したヨガが「DeepGrounding」なんです。。。

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by uz-ni-chan | 2013-10-19 15:27 | 一ヶ月更新2013

決まっている?!

おはようございます。
今日は朝から更新です。
今日も長い長い文章にお付き合い下さいね。(^^;;;
さぁ、書くぞぉ!!!

UZは小さな頃から考える事が好きでした。
考えれば考える程、分からないことだらけで、若い頃はそんな自分が嫌いでした。
(レッスンでも時々お話する、「鮮魚コーナーの話」とか「アリの話」は小学生の頃考えた話です。)
でも、ある時気付きました。
考える事が出来るのは特技だ!と。。。
誰にも迷惑かけないし、混乱した頭の中が整理されてくると自分の意見がはっきりしてくる。(正に瞑想)
そのうち、他人の考えが想像(先入観を持たない様に気を付けないといけませんが)又は、見えてくる様になります。
俗に言う「見える」ってのはオカルト的な透視ではなく、普段の考察や熟慮の結果ではないかと思います。

結構「見えます」(^^)v 何が???内緒。

だから、「考えすぎだよ!」とか「考えるのやめよ!」ってセリフは嫌いです。
UZのアドバイスはいつも「考え抜け!そして突き抜けろ!」です。

UZは自分で、ある意味「哲学者」だと思っています。
しかし、哲学学者ではないです。
哲学は誰でも出来ます。
今からでも出来ます。
哲学学者には相当の勉強をしないとなれません。
でも、どちらも立派だと思います。

と、長い前置き?!は終わりにして、本題(これから?!)です。


UZの考えは「人生は既に決まっている。」です。
つまり「決定論」「予定説」みたいな感じ?!
何かを参考にした訳でなく、生きている間(かれこれ10年前)にたどり着いた結論です。
後にいろんな勉強から、そんな考えは、昔からあると知りました(大発見と思ったのに古かった^^;;;)が、自分で到達した事に意義がありました。
今でも、ゆるぎない信念です。

決まっているんです。
気が楽になりませんか?
でも、こう反論する人もいるでしょう。
「努力しても無駄って事ですか?」
いえ、貴方が今努力するかも既に決まっているんです。結果もね。

ある時、何かに突き動かされるように頑張る時ってありますよね?
その反面、やるといい事が解っているのにやる気がしない時もあります。
決まっているんです。
人間に自由意思なんて無いんです。
その証拠に生まれようと思って生まれた人いますか?(^^)
自分がやっていると思っている事は既にシナリオに「書いてある」んです。
誰の???
これを「神」という人がいたり、「自然法則」と言ったりしますね。
すごく宗教的!とか非科学的!とか思う方もいるでしょう。
でも、すごく科学的であり物理的ですよ。
だって、宇宙が始まるビッグバンによって生まれたエネルギーがどの様に作用するか、
全て物理的に計算出来たら、人間の将来も計算できますよね?
思考もエネルギーの違う形ならばそのうち計算できるかもしれませんよ?
昔はウィルスの仕業が悪魔の仕業だったんですから。。。

ただ、ポイントはそのシナリオは誰も知らないということ。
知ってる物語だったらつまらないですよね?
UZはたまに、「自分の演じる物語の観客」視点でいろいろ考えます。

苦しいとき、判断に迷うとき、緊張するとき、人生の決断のとき・・・
UZが最後に心掛けるのは、
「力を抜くこと」
「波に乗る、流れに乗ること」
「委ねること」
数日前のブログに、コントロールの末委ねると書きました。
こういう事なんです。

これを、たぶん
「心のままに」
「心の声に従う」
と言うのだと思います。

もう既に決めていただいているんです。
登場の機会をいただいて、舞台に上げていただいているんです。
何が起きても「御心のままに・・・」
と感謝して生きていければ最高でしょうね。

哲学って面白いですよ。(時に苦しいですが)

UZのレッスンはそんな哲学がバックグラウンドになっています。

今日起こる事全て決まっています。
最大限楽しめたのならそのシナリオに感謝しましょうね。
上手くいかなかったと思うなら明日の物語を楽しみに過ごしましょう。


では、また明日。
※このブログも何かに書かされているのでしょうか?
因みにUZは国語の授業が苦手で作文や読書感想文はいつも泣きながらの様な状態でした。
こんな話もそのうち出来たらと思います。


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by uz-ni-chan | 2013-10-18 10:20 | 一ヶ月更新2013

先入観

皆様こんにちは。
急に冬???と思う冷え込みでしたね。
風邪をひいた、という方が急に増えました。
気を付けて下さいね。

さてさて、毎日ブログ更新です。
いつもいろいろと偉そうな事を書いているので、ここらで再確認したいと思います。
全てを悟った聖人、賢人と違い、僕は「な〜んにも知らないただの人」です。
宇宙がどう始まったのか?
自分は誰なのか?
自分はなぜ生まれてきたのか?
幸せって何なのか?
解りませんし、知りません。
???
な〜んにも知らないただの人のただのつぶやきです。
なので、決して「こうあるべき」との提案ではない事を再確認下さいね。

では今日もはじまりはじまりぃ・・・

ヨガのレッスンをしていると「先入観って根強いなぁ」ってよく思います。
例えば前屈のポーズ。
「沢山前に倒しましょう。」
なんて一言も言ってません。
「背筋を伸ばしたまま倒せるところまでね。」
って言ってるだけなのに、必死になって脚に顔を近づけようとして背を丸めている人がいます。
どんなに他の言葉で説明しても聞こえません。
なんででしょうね?
前屈という言葉がいけないのでしょうか?
「きつくなる前にやめて休憩してね。」
「余裕があれば次の動きをしてね。」
って言ってるのに、プルプルしながら次の動きをしようとする人。
そして、そんな方の極め付けの言葉、
「このレッスンは私にはキツイです。」
?!
まあ、全部まともにやったらキツイ事は解ってプログラムを構成しています。
ポーズを全部してほしいのではなく、体の声を聴いて調整する練習をしてほしいのです。
(もちろん、その様に説明してます。)
なのに何故???

先入観でしょうか?
前屈と言ったら半分に身体を折りたたまなければいけない!
とか、
レッスンは全部こなさないと意味がない!
とか、
やればやるほど効果的!
とか・・・

みんな!気付いて!
と心で叫びながらレッスンをしています。

先入観は自由を奪います。
勝手に決めつけている自分に気付くと急に精神的に開放されるのです。

例えば、初めて会って間もないのに、
「何かこの人、好きになれない。」
って人居ませんか?
別に何もされた訳ではないのに。。。
でも、もしかしたら
「この手の雰囲気の人はこういう奴に違いない」
と先入観で接していませんか?
自分の経験や価値観は場合によっては自分の考えを縛る先入観になるのです。

先入観を捨ててそのものを見る。
簡単そうで難しいです。
経験があるほど難しいのです。
なので、レッスンで言うなら、ヨガを(ポーズを?)ある程度経験している人程、勝手にポーズを進める傾向があります。先入観です。
「初めて取り組むつもりでやりましょう!」
とUZがいつも言うのは
「先入観を捨てましょう!」
と言っているのです。

先入観が無くなると自由になれます!


同じように、先入観からくるお話ですが、
ここから先の話は少しデリケートですので、主張ではないと前置きしてから進みますね。

長生きした方が幸せですか?
人生苦労したら不幸ですか?

UZは猫が大好きです。
飼い猫もノラ猫も。

そんなUZがずっと疑問に思っている事。
「ノラ猫に餌をやるといけない!」
と言うセリフです。
何故いけないのでしょう???
猫嫌いの人が
「庭を荒らされたり、フンをするからノラ猫が増えたら困る!」
と言うなら解ります。
ならば、害虫駆除と同じでノラ猫絶滅を目指すべきでしょうね。
しかし、愛猫家が
「ノラ猫は可哀想だから無駄に餌をやって増やしてはいけない。増えないように去勢してあげる。」
「里親を探してあげる。」
と言うのに、どうしても違和感を覚えるのです。
(ボランティアで取り組む純粋な情熱と優しさは尊敬します。)
ノラ猫は餓死したり、病気になったり、事故にあったりして可哀想。
可愛そう???
本当に???
猫に聞いた???
それって人間的な先入観じゃない???

ノラ猫の平均寿命は3年と聞いた事があります。
短いですね。飼い猫は上手く行くと20年近く生きます。
だからと言って、勝手に去勢されたり捕まったら。。。
自由に生きた3年が幸せの猫だっているかもよ?

同じ理論を極端に活用すると、
「病気や貧困は可哀想。」
と経済的に恵まれない国に行って、
「子供が増えない様に去勢してあげよう!」
「施設を作って贅沢に暮らせるようにしよう!」(でも自由に外出できない。)
って事になりませんか?!
恐ろしいです。

僕自身、やせ細って倒れていたノラ猫を拾ってきて「避妊手術」させて飼っているので、
偉そうな主張はできません。
しかし、
「このこは我家に来て幸せなのかな???」
って度々考えるのです。

もし先入観を持った人が親切な笑顔で、
「あなたは貧乏だから子供を作らないほうが幸せだから・・・」
と網をもって近づいてきたら。

こ、怖い・・・


先入観は自分自身だけでなく人をも縛る罠になる事もあるのです。

ヨガのポーズの取り組み方、少し考えてみませんか?
自分を縛っている先入観に気付き、開放する。
するとどれだけ自分を、他人を縛っていたかに気付くのです。

ヨガは自由になるための扉だと思います。
本来のあなたは自由な存在であることに気付いて下さい。

僕自身もこれからずっとヨガに取り組んで、より自由になりたいと思っています。

最期にもう一度。。。
これは、主義の主張ではありません。
考えるキッカケになればと思って書いているだけです。
自分の取り組みには自信を持ってください。
全ての勇気ある行動は「愛」の現れだと思うので・・・

ではまた、明日。。。

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by uz-ni-chan | 2013-10-17 17:03 | 一ヶ月更新2013

毎日同じ初体験?!

皆様こんにちは。
ブログで初めて「アンパンマン」ネタを扱ったと思ったら・・・
作者の「やなせたかし」さんの訃報。
もしやいろんな人の口や手を使って語らせたのかと思いました。
だとしたら選ばれた事に感謝。
やなせさんのご冥福をお祈りします。

さて本題。
理屈や考え方ばかりでは退屈だと思うので、今日は実践的な内容にしてみましょう。

皆様、同じ本を何回も繰り返し読んだ事ありますか???
昔読んだ本を読み返したり、昔見た映画を見直したり。
気に入った物語ですら、数年すると結末すら覚えてなかったり。。。
人間の記憶ってこんなものですね。
読み返してみると、こんな場面あったっけ???と思うシーンがあったり、
前と違う解釈が出来たり。
読み返すのって結構楽しいのでお勧めです。

でも、一回読んだ本をすぐに繰り返し読んだ事ってありますか???
良く理解出来なかった所やお気に入りの所を読み返すのではなく、
「はじめに」から「あとがき」まで全て。
2回、3回と連続で。。。

小説でもいいですが、専門書でも同じです。
お気に入りなら、全てを繰り返し読んでみて下さい。

すると、回数を重ねるごとに深みが増します。
頭の悪い僕には、読むごとに新しい情報が現れてびっくりさせられます。
こんなに見落としているのかと・・・
ここでのポイントは、「初めて開く本の様に全てを読む!」と言うことです。
自分勝手に情報を選択したり選り好みせず、全てです。

すると、初めは内容が深く理解出来てきます。
段々と行間、文字間に染み渡る筆者の意志が感じられます。
全部読む事で、この本はどのような経験を通して書かれたのかを想像したり感じたりできます。
細部を観察することによる情報量と、全体を把握すると見えてくる姿。
物語でなくても、物語の様に解釈出来てくるのです。
何かが見えてくるのです。

惰性で読んではいけません。
初体験なんです。
同じ繰り返しを初体験するんです。
だから、「全てを読むのです。」
休憩しても、何日かかってもいいから、「全て」です。

これって・・・

ヨガに似てませんか?
と言うかヨガの練習そのものですよね?
僕はそう思っています。

毎回毎回、そう代わり映えのしないアーサナを繰り返し、繰り返し・・・
でも、ただやるのではなく、「意識的に」「初めての取り組みのように」やるのです。
すると、毎回新たな発見や気付きがあります。
何年経っても新鮮で楽しいのがヨガです。
ここでの注意点は「シンプルであり、難しすぎない事」「慣れないうちは簡単すぎない事」
です。
難しいかどうかほ本人の能力によるので、本もアーサナもどれがベストとは決められませんが意識的に取り組めているなら大丈夫です。
「慣れないうちは簡単すぎない」は意外かもしれませんが、初心者はある程度刺激がなければ集中力を維持できない事と、基礎の力を付ける必要があるからです。(読書もアーサナも霊性を高める事にも。)
基本的に同じことを繰り返します。
来る日も来る日も。
でも、毎回初めての様に・・・
そのうち時がたって、急に解るんです。
何が解るかって???
それは、ひ・み・つ。
自分で見つけて下さい。

たったこれだけ。
別にヨガのポーズでなくても出来ますよね。
だから、全てがヨガであり、ヨガではないとUZは言うのです。
一回何分、週何回???
関係ないです。
常にヨガをするんです。
ただ、ついでに肉体の健康や美容を目指すなら身体活動でヨガをする事をお勧めします。
この場合は肉体的に効率のよい頻度や時間があるとは思いますが・・・

シンプルで同じ事をコツコツと。
スタジオやスポーツクラブでレッスンとしてやったらすぐに人気が無くなる事請け合い!

皆様が飽きない様に、UZのレッスンは神聖な部分と俗世的な部分に分けて構成してあります。
その裏の意図が読めるまでにはやはりコツコツと通ってもらうしかありませんね。

一般に馬鹿馬鹿しいと思われる事を、真剣にずっとやれる人にだけ広がる世界があるんです。
本人にはその意味と素晴らしさが解っているので馬鹿馬鹿しくはないのですが。
その世界はいつ訪れるのでしょうね。(^^)v

お待ちしております。

因みに本を繰り返し読むこの方法、上手くいくと一冊の専門書で専門学校で二年間遊びながら適当に勉強したよりも情報と理解が得られます。
一万円の本の熟読が200万の授業料を上回ります。
僕が経験済みです。(^^;;;
真剣に学校に通えば話は別だと思いますが、過去は戻らないので・・・
今を大切に・・・(笑)

ではまた明日。

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by uz-ni-chan | 2013-10-16 12:53 | 一ヶ月更新2013

ヨガは繋ぐという意味で・・・

こんにちは。
三日目の更新です。
さっき90%くら書いて消えました。(;;)
書き直せという意味だと思い直しがんばります。

ヨガは繋ぐという意味で・・・
某マヨネーズのCMでもやっていたので知っている人も多いですよね。
では何と何を繋ぐのでしょう???

「人と人を繋ぐ」(Facebookみたいなヨガ?)
「男女を繋ぐ」(お見合いみたいなヨガ?解釈によっては正にヨガ)

いろいろな解釈があるのですべて正解!!!
と前置きの上で、
多くの本やブログで今主流になりつつある、
「ヨガは心と身体を繋ぎます。」
を考えてみたいと思います。

そもそも、心と身体は密接に繋がっています。
だから、
「心が乱れると体調がくずれたり、体調が悪いと気持ちが冴えない」
のではないでしょうか?
心と身体が切り離されているのは、悟りを開いた聖人か、動物的に直観のみで動く狂人のどちらかだと思います。
両者の違いはコントロールされいているか?です。

「ヨガは心と身体を繋ぎます。」に続きよくセットで紹介されている文章として、
「心身ともにバラバラになるほど疲れ果てていた時にヨガに出会い、心と身体のバランスを取り戻し救われました。」
があります。
「心と身体のバランスを取り戻した。」と
「心と身体を結ぶ」は別だと思いませんか?
「ヨガは結ぶ」「身も心もバラバラ」「ヨガで救われた」
から
「ヨガは心と身体を結ぶ」と結論づけるのは無理があると思うんです。
「身も心もバラバラ(疲れ果ててた)だった自分が、ヨガによって体調が整い、気持ちまで晴れ渡りました。」
でいいですよね?

じゃ、いったい何と何を繋ぐのでしょうね?

ヨガとは、心の作用を制御(死滅)することである。(ヨーガスートラⅠ-2)

UZがよくレッスンで、
「身体と会話して下さい。」
と言います。
だからと言って
「身体との会話がヨガ?」
と早とちりしないでくださいね。

身体に意識を向ける事により心に静かにしてもらうのが狙いです。
集中する対象は何でもいいのですが、心身の健康づくりが目的なので身体を動かす事を集中の対象にしています。
その間は心が休憩できる時間でもあるわけです。
普通の健康づくりならここまでで充分でしょう。

「心のままに・・・」
「心に従って行動する。」
なんてのは憧れですよね?
心のままに行動出来たらどんなにストレスがないだろうか・・・
でも、そんな甘い誘いにのってはいけません。
心のままに行動したら「ヤバい」です。
だから誰もやらないのです。
騒ぎ立てる心のままに振り回されるのではなく、心を鎮める、心の休憩方法を知るのです。

でも、もし次の段階に進む覚悟があるなら、
「心のまま・・・」の心を知る必要があります。
心は「本音と建て前」があります。
自分では本音と思っている事が建て前だったと言うことはよくあります。
教育や躾のおかげで、本音は建て前というカヴァーで何重にも覆い隠されています。
先ず本音と建て前を見分ける努力(方法はここでは秘密です)をして下さい。

もう一度聞きます。
先に進む覚悟があるか???

覚悟があるなら見つけた本音の倉庫の扉を開けてみてください。
?!おぞましい・・・
すぐ蓋を閉めて目張りをし、鍵を掛け、地中深くに埋めて隠してしまいたい。
でも、この倉庫、換気が悪いと発酵してガスが溜まって爆発する厄介な奴です。
たまに換気をしてください。
ストレスが少ない人、ストレス解消が上手な人は、知らない間に換気をしているものです。
しかし、ストレスが多すぎたり、ストレス解消が上手じゃない人は意識的にそうする必要があるのです。
本音の扉をあけてただ存在を認めるだけでいいのです。
風通しが良くなるとかなり心は自由になります。
一般人はここまで。

さらにその先。
倉庫の掃除です。
リスクはあります。
触れないほうが身のための場合もあります。
が、その苦しさを超えれば・・・その先は、ひ・み・つ(^_-)-☆

どうせ繋がるなら「大いなる何者か」と繋がってみてください。
本音のさらに先にあるその「何者か」
その「大いなる者」はそこらじゅうに存在しています。
例えばシャバアーサナの時の自然呼吸に感じてみたり・・・

「真実の自分、自我(アートマン)」と「大いなる者、大宇宙(ブラフマン)」を繋ぐ=ヨガ
なんて解釈もあります。
素敵ですね。
素敵すぎて実感が無いと言うのがUZの本音です。

ヨガの語源は本来
「馬に頸木をかける」
「馬と馬車を繋ぐ」
です。

ウパニシャッドにあるように、
「アートマンを車主と知れ。肉体を車、覚を御者、意を手綱と心得よ。
賢者たちは、もろもろの知覚器官を馬とよび、
諸知覚に対応する諸対象を道路とよんでいる。」
という馬車に例えた自身のコントロール。
これがUZが一番しっくりする解釈です。

やはり、UZがレッスン中、何度も何度も口にする「コントロール」が大切だと思うのです。
身体をコントロール!
呼吸をコントロール!
心をコントロール!
人生をコントロール!
したうえで、全てを委ねる。

何に委ねる???
その話はそのうち・・・

では明日。

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by uz-ni-chan | 2013-10-15 14:36 | 一ヶ月更新2013

1ヶ月、毎日更新チャレンジ!

皆様、こんばんは。
今回のブログタイトル通り、1ヶ月毎日ブログ更新のチャレンジをしようと決意しました。
決意って言ったって大した事ではないのですが、やると決めて発表するとかなりのプレッシャーですね。
昨日から開始なので、一先ず11月12日までの毎日となります。

人生の中で変化を求める時ってありますよね?
そんな時、大きな変化や刺激に目を向けがちですが、
本当に変化を求めるなら小さな事でも自分が変わる必要があると思います。
そのキッカケや変化は大きいものでなくても良いけれど、確実に流れを変えるものでなくてはならないでしょう。
転職や引っ越しなど、大きな変化は人生変わった気がするのですが、その環境に慣れてしまうと元の自分に納まっている事が多い気がします。
周りが変わっても、その中に元の環境に似た状況を作ってしまうのですね。

小さな頃、砂場で川を作って水を流して遊んだとき、その流れの中に石を一つ入れるだけで、下流には大きな変化が起こった事を覚えています。
大きくなくても水に流されない確実な石。
それが大きな変化を生むのです。
どの様に変わっていくかは予想できませんが、その変化は楽しくワクワクする事実です。

UZは人生の中で一度、大きな変化を体験しています。
特に大それた事をした訳ではなく、日々の発言を2つ変えました。
たった2つ。
でも、絶対に守りました。
そうしたら、周りが変わりました。
天職に出会いました。
性格も変わりました。
そして良くも悪くも人生が変わりました。

何をどう変えたかは「秘密であり秘伝」です。(^_-)-☆
僕の方法は僕のやり方。
皆さんは皆さんの方法を見つけて下さい。

そして今、少し変化をしようかなって思うんです。
大した変化じゃなくていいんだけど、少し楽しんでみようかと。。。
そのスイッチが今回の「毎日更新チャレンジ」です。

いつもの暮らしに少し変化をつけてみる。
予想できない未来を楽しむために・・・

1ヶ月続けたら必ず何か変化が現れるはず。
今から楽しみです。

毎日更新だからと言って浅い内容にならないようにしたいと思います。
では、皆様1ヶ月間、毎日お会いしましょう。

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by uz-ni-chan | 2013-10-14 19:29 | 一ヶ月更新2013