イメージ・・・

よくヨガのポーズを絵に描いてみたりします。
良いイメージが出来ればそれに向かう事が出来るからです。
そして、「見る目」を養うことも出来ます。職業柄大切です。
こんな感じで・・・
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描いていると、いろんなポーズとの関連性も分かりやすくなります。
そして、更に骨格を加えたりして・・・
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いつも骨格が見えると言っているのはこんな感じなんですね。
透視能力がある訳ではありません。(^^;;;

機能解剖学を勉強していると、こんな楽しみ?!も味わえます。
芸術作品や美術品も骨格を見ると、美しさの理由が分かったりします。
一般に言われる「良い姿勢」と「美しい姿勢」は微妙に違いますね。
「美しい姿勢は機能的な姿勢」である事が必要です。
理屈を越えた美しい姿勢を養うには、注意深く見ること、
そして自身のイメージと感覚の違いを繊細に修正する事でしょう。

ヨガの本質から考えれば「ポーズの美しさの追求」は邪道でしょうが、
あえて目指して欲しいところです。
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イメージしてくださいね。
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# by uz-ni-chan | 2011-04-08 15:15

別々なのか同じなのか?!

ヨガの取り組みで一番大切なのはやはり、
「心のコントロール」だと思います。
心を乱すものは何でしょうか???
2元で物事を考えてしまう癖(コレ自体は問題ない)を、2つに分けなくてもいい所で発揮してしまうのが問題になるのではと思うのです。

健康と病気の境目ってなんですか???
好調と不調の境目ってなんですか???
痩せていると太っているの境目はなんですか???
幸福と不幸の境目ってなんですか???


自分で勝手に引いた線より上にある時には満足して必要以上にご機嫌。
その線以下だと、「この世の終わり」かと思うほど落ち込む人々。。。
そんな線は自分が引いているだけなのに。。。

自分が得意だと思ってるポーズだって、身体能力が超一流の人から見れば子供の遊びみないなもんです。
逆に、自分が苦手と思ってるポーズは歩く事が出来ない人には「夢のよう」かもしれません。

自分の出来た出来ない(ヨガポーズに限らず)に一喜一憂するって事は、
自分の中に「コレくらい出来ないと格好悪い、これくらい出来ればステキ」と線を引いているんです。
こんな価値感は実は、今までの経験で出来上がっているんですね。非常に主観的な自分勝手な価値感です。
つまり、
「あの人はこんな事も出来ないから格好悪い、あの人はあんな事出来るからステキ」
差別、区別をして生きているとも言えます。
そして、さらにそんな周りの人々と比べてまた、一喜一憂するんですね。
これが、心が安定しない一つの理由でしょう。

世の中は比較、競争の世界です。
しかし、比較や競争の結果は自分がベストを尽くした後での、ただの順位なんですね。
いくら自分が調子悪くても周りがもっと悪ければ一番になるのが世の中です。
反対も然りです。
だからこそ、自分に対して自分で順位をつけたり、優劣をつけるのはやめてみましょう。
その瞬間、瞬間を自分が納得して生きているかが問題です。
ヨガはそんな練習です。
何処に線を引くのか?!それだけで世界は180度変わります。

先日、教室でお話しました。自分の母親くらいの世代の方々にです。
「病気と思えばなんでも病気です。身長が高いのだって病気かもしれません。人間生まれた瞬間から約80年後に死ぬ病気だ!と言えばそうかもしれませんね。明日死ぬかもしれなくたって、本人が幸せならそれは病気とは言えないかもしれませんね。治療を放棄しろと言っているのではありません。気持ちだけでも病気じゃない方が楽しいじゃないですか???腕がないのは障害者ですか???目が見えないのは???僕は頭が悪い病気かもしれない。でも学校では病気と認められないから成績を優遇してもらえなかったな・・・(^^;;;
でもそのうち病気と認定されるかも?しれませんね。だって朝起きれない病気があるそうですから・・・
しかし自分を自分で病人に認定しないでください」と。。。
そして、シャバアーサナしながら
「コレは実は死体のポーズです。でも皆さんが一番好きなポーズじゃないですか???(^^)
じゃあ、死んで見るのも悪くないかもしれないですね???(笑)」
もちろんジョークです。


でも、だからこそ、全部病気じゃないし障害じゃないんです。「ただ、そう」なだけです。
80年生きたら幸せですか???5年しか生きられなかったら不幸ですか???

治療と健康づくりは何処が違いますか???
サプリメントと称して薬漬けのような自称健康人もいっぱいいます。

この地球が「平均的な健康」という病気を量産する世界になりませんように。
あっ、ちなみに今の世の中が悪いとも思ってませんよ。(^^)
「ただ、そう」なだけ、UZは「健康」について「そう」考えているだけです。
生き方として「楽」なので苦しんでる人々のヒントになればという程度です。


近々、ヨガ解剖学「パリヴリッタ トリコーナアーサナ」の解説をしますね。(^^)
基本的なトリコーナアーサナと別のポーズなのか???一連のポーズなのか???
線の引き方によってどちらにも解釈できます。
でも、どっちも正解ですけどね。

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# by uz-ni-chan | 2011-02-25 11:35

愛と感謝・・・2

先回の予告どおり「愛」についてです。
最近の日本人の傾向としては「愛、Love」という言葉は素敵に聞こえるようですね。
しかし、仏教的に、「愛」は執着心を生み出すものとして遠ざけるべきものという理解です。
同じルーツのヒンドゥー思想、インド思想的にはヨガの世界も同じと言えます。
西洋人が映画やドラマでいう「Love」と言う言葉や響き、キリスト教的な「隣人愛」などの勝手な解釈で愛を素敵と、とらえていませんか???
素敵に思えるようなキリストてきな「愛」もここで言う「隣人」とは「嫌な奴、敵」なんて意味だったりします。
そんな相手も仲間として愛せますか???
ちなみに「愛、Love」として訳されている聖書の「愛」もギリシャの言葉で3種類あり、
「フィロス=知的な好奇心」「エロス=性愛」「アガペー=無償の愛」
だそうです。「隣人愛」、「神を愛する」などは「アガペー」なんですね。
自分に良いことをしてくれるから好き!とか、美人だから好き!とか、家事育児をしてくれるから好き!とかは・・・(^^;;;

つまり「アガペー」を「愛」ととらえヨガ的に例えるならば、「バクティーヨガ」や「カルマヨガ」と通じる部分がありますね。
とまあ、愛の定義はそれぞれということで、今回の本題ではありません。長い前置きですいません。

本題は「ヨガをすると愛は深まるのか?!」です。
「愛」の反対は「無関心」
マザーテレサの有名な言葉だそうです。(記憶が確かならば・・・)
この台詞を聞いただけで、先回のブログを読んでくれた人はピンとくる勘の鋭い人もいるでしょう。

「感謝」の時に言ったように、やはり個人的には「身体が柔らかい人=愛が深い」とは断じて思いません。
では、柔軟性が増せば深まる???それも???でしょう。。。

ヨガをしたら「許せるようになった」とか「性格が落ち着いた」とか意見は多く聞きますが、これらの効果はヨガの思想や哲学を勉強した事により深まったと言った方が正解でしょう。

しかし科学的な見解から、仮説を立てる事も可能です。柔軟性を増すヨガのポーズに熱心に取り組むと「女性ホルモンが増す」そうです。(これはデータがあるそうです)それによって攻撃性が薄れ穏やかになるという事は充分考えられます。(あくまで仮説です)
しかし、愛とは関係あるようで無いようで。。。

シンプルに考えます。
マザーテレサの言葉に戻りましょう。
ヨガでは、身体の隅々を意識します。普段意識しない「当たり前」を意識するとは先回も述べました。
つまり、自分に対しての「無関心」をなくす行為です。
ヨガはそれ自体が目的ではなく、練習なんです。日常生活をより豊かに過ごす為の。
感性や感情も鍛えなければ衰えます。
つまり関心を向ける練習だと思って下さい。
自分自身に関心を向けられない人がなぜ、周りに関心を向けられるでしょうか???

しかし、ここで言う「自分に関心を向ける」は「外からの見た目」ではありません。
「外からの見た目」というのは結局「周りから見られた自分」を気にしている為、自分に関心を向けているようで、自分を見ている他人ばかりに関心を向けている事になります。(外からの見た目を気にするのは悪い事ではありませんよ!過度が問題なだけです。)
過剰に健康などを気にする事は関心を向ける(愛する)行為というよりは、生命の働きに干渉する行為とも言えますね。
自分の内なる声に関心を向けてみて下さい。その為に心静に取り組むヨガのポーズは有効ではないかと思うのです。「内側から輝く美しさ」とは、「自分の存在そのものに関心を持つ(愛する)事」によって輝きを放つのではないでしょうか???

そして、先回と同じく「自分の身体を通した体験を実生活に活かす」のが目的です。
自分の愛し方を知る事により、周りの人々に自然な愛を向けられるのでは???
大それた事をするのではなく、関心を持つ事から、世の中は良い方向にかわっていくのでしょう。

そして、やはりここでも言える事・・・
上記のような考えで取り組めば、どんな活動も愛に溢れた行為へと結びつく練習となりえますね?

人間、一番辛いのは誰にも見向きもされない事、だそうです。
いじめられっこも殴られているうちは大丈夫だそうです。(もちろん暴力はいけません!)無視が一番辛いそうです。
戦地で助かる見込みの無い重傷の兵士が大声を上げて泣いていたそうです。近くにいた人がいたたまれなくなって抱きしめたそうです。そうしたら静かになり安らかに息をひきとったそうです。痛くて泣いていたのではない、孤独に死んでいくのが辛かったようです。と・・・(どこの誰の体験談かは忘れましたが、以前読んだ内容を記憶の限り・・・)

忙しさの中でいろいろな事に無関心になりつつある現代の人々。
ここいらで少し立ち止まっていろんな事に関心を向けてみましょう。
しかし、方法が分からず、関心が異常な干渉になってしまったり、放り出してしまったり・・・
そっと寄り添い、見守るような方法を身体を通して学びましょう!
それが、ヨガで愛を深める方法だと、今の自分では理解しています。


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# by uz-ni-chan | 2010-11-08 12:03