アートマン(真実の自分)

先日紹介しましたが最近、「初心者向けヨガ講座」というのをレギュラーレッスンHPで更新しております。

良かったら、読んでみてください。


上記の講座でも「真実の自分(アートマン)」の説明を簡単にしましたが、このブログではもう少し慣れた方向けに書きたいと思います。


プチヨガ哲学講座です。(^^)


さて早速始めます。

ヨガの目的でもある、「真実の自分」の事をサンスクリット語で「アートマン」と言います。


アートマンをプルシャとも言います。

プルシャは「人」程度の意味でも使いますが、ヨガ哲学として語られる場合は、アートマンと同義と捉えて良いでしょう。


その真実の自分であるアートマンは「観る者」と表現されます。

この世界(俗世)のその他の全ては「観られる者」です。

※観られる者を「プラクリティ」と言います。


自分で認識できるものは全て「観られる者」です。

真実の自分は「観る者」であって決して「観られる者」にはなり得ません。

つまり、五感(聴覚、触覚、視覚、味覚、嗅覚)では絶対に知覚できません。

それは、「目は自身である目を見る事はできない。」「刀は自分で自分を切れない。」などと例えられます。


皆さんは、自分の身体は知覚出来ますよね???実際見えるし触れますもんね。

自分の心は???掴みどころはないけれど、解りますよね?

自分の思考は???「私の考え」、「私のアイディア」なんて言うくらいだから知覚の範囲内ですね。

つまり、自分で分かっている自分は全て「真実の自分ではない」のです!?

それらは、「偽りの自分(アハンカーラ)」とヨガでは言います。

衝撃の事実ですね。(^_^;)


本当の自分に気付く方法であり修練がヨガなのに、知覚出来ないならヨガなんて意味がないのでは???

そう思いますよね?

実際そう考える人達もいます。

ヨガ=体操の様なポーズ…

と思っていればそうかもしれませんね。


五感で知覚出来ないなら、行為ではたどり着けないという事になりますので。


そう考える人達は、「知識」によってアートマンに迫ろうとします。

その知識を伝えるのが、「ヴェーダ」と言われる聖典です。


しかし、その聖典ですら、知覚出来ないアートマンの説明は逆説的になります。

つまり・・・

「それはあなたとは違う、それも違う…」とアートマンでない物を否定していく方法でしか、説明が出来ないのです。

違うという根拠が事実としてある以上、「それは真実のあなたではない」としか言いようがないのです。


それらをすべて否定した(自己否定)末にそこに在るのが、「真実の自分」なのです。

※自己否定と言っても、偽りの自分の否定ですので非常に前向きな行為です。


その真実の自分は・・・


サット・チット・アーナンダ


だと、聖典は言います。

サット・・・真実・実在・善い・純潔な・至高精神・・・

チット・・・意識・知性・純粋・魂・・・

アーナンダ・・・幸福・喜び・至福・至高・神・・・


良い悪いなどという二元性を超えたその存在は「に非ず、に非ず…」と表現をする以外にいろんな表現を尽くして表そうとしています。(言葉では表現できないのが本性ですが・・・)

それが、サッチダーナンダ(サット・チット・アーナンダ)なのです。


しかし、ただ頭で知っても???な人も多いのでは?


なので、「行為」によって経験的に

「これは自分じゃない、これも違う・・・」

と身をもって学んでゆくのです。

ここに、行為として取り組むヨガの意味が出てきます。


ヨーガスートラにあるアシュタンガにも「スヴァディヤーヤ」という項目があります。

頭で知って、経験でも納得する事。

それが大切なのです。


そして、それらの知識と経験による気付きによって、無駄に背負い込んでいる重荷を減らしてみて下さい。


重荷(肩書きや思い込み)が減るほどに、「サット・チット・アーナンダ」なあなたに近づいていることでしょう。


それまでは、真実の自分は「真実で、全てを知っていて、喜びでしかない存在」なんだ!と信じてヨガの修練を積んでみて下さいね。


気が付けば「ダルマ」の道に則って進んでいる自分に気付くかもしれませんね。(^_-)-☆


で・・・

偽りの自分と知った自分の身体やら心やらという物たちとどう付き合えばいいか???

真実の自分じゃないからどうでもいい???


いえいえ、

「それらはあなたです。」

から。。。

全てに対して、丁寧に愛をもって向き合ってくださいね。(^_-)-☆


これが納得できれば、大したものです。

ヨガが深まっている証拠ですね。


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# by uz-ni-chan | 2017-08-28 16:04 | DG 勉強会

「初心者向けYoga講座ブログ」開設

こんにちは。

最近、HPのリニューアルを続けております。
是非覗いてみて下さい。

そして、あまり知られていませんが「レギュラーレッスンのHP」というのもあります。
そちらも、リニューアルしてます。

その中で「初心者向けヨガ講座ブログ」というのをスタートしております。
このブログをお読みの方は初心者ではないかもしれませんが、復習にどうぞ!

8月29日(火)13時~15時30分
スペシャルレッスン@梅森
を行います!

夏休み最後の思い出に!
夏休み最後のストレス解消に!
夏休み最後の癒しに!

是非いらしてください!
お待ちしております。

詳細は「こちら」から。


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# by uz-ni-chan | 2017-08-07 14:47 | Yoga

ヴィーガンライフ、アヒムサーライフ、ヨガライフ!!!

c0072323_16190228.jpgVeganって何???

ヨガとどんな関係があるの???


そんな風に思う人もいるでしょう。

Veganって何か?と思った時、便利な時代です。

今見ている画面からすぐ調べられます。

例えば・・・「こちら」


それらの一般的な定義は専門の方にお任せします。

ここではライフスタイルとしてのお話です。


Veganにとっては「これはいいのか???」「NGなのか???」

そんな議論をよく目にします。

ヨガのアヒムサーも同じです。

一般の方に解り易くするためにカテゴライズするのは良いとは思うのですが、「これはセーフ」「これはNG」の様な議論は本質を見失っていると思います。

そもそも、「なぜそれをしているのか???」を忘れていては意味がありません。

健康食の一環だと思っている人は特に注意が必要です。

もし、完璧に動物性を排除した食事を自慢していても、毛皮に身を包み、革製品に囲まれる生活をしていれば、それは???

でしょう。

しかし、ヴィーガン料理の店に毛皮の人が居たとしても、もしかしたらその人は、以前何も知らずに買ったそれらの製品を大切に使っているだけかもしれません。

簡単に人を判断する事は出来ませんね。

(個人的にはそのような店にその様な恰好では行きませんが・・・場をリスペクトする事はマナーだと思うので。)


つまり、どれだけやれているか???

ではないのです。

今ではエシカルヴィーガンだとか、ヘルシーヴィーガンだとか、カテゴライズされています。

ヴェジタリアンも同じです。

ラクトヴェジタリアン、オボベジタリアンなどです。

それらは誰かがOKしたから「認定」されるのではありません。


根底の思想が大切です。

ヴィーガンなら「動物愛護」、アヒムサーなら「非暴力・不殺生」です。

インドでは牛は聖獣で大切に扱われています。

そのミルクは大切な飲み物だからOK、なんて考え方は???です。

場所や時代が変われば状況も変わります。

牛と共生している時代なら問題ないでしょう。

しかし、それはいつの時代でしょうか???

しかもここは日本です。

アヒムサーを徹底したガンジーさんは、

「余りに酷い牛のミルクの絞り方を見て飲めなくなった。」

と自伝で語っています。

そんな時代のインドですら、牛のミルクはヒンサー(暴力)の産物だったという事です。

伝統を大切にし伝える方、形骸化した「行為」に執着する事なく、伝統の真髄を伝えて下さいね。


伝統では良いから・・・

自分が属しているジャンルでは良いから・・・

みんながしているから・・・

法律で禁止されていないから・・・


これらは、本質を見失わせる固定観念を生み出す思考です。


「何故それをしますか???」

ただただそれだけを自らに問い続ければ良いのです。


完璧はありません。

完璧を目指すなら、車も乗れません。

完璧を誇るなら、家も建てられません。


ライフスタイルとは、「製品」の様に完成品にラベルを貼る事ではありません。

ヴィーガンやアヒムサーというライフスタイルは、自分以外の命に思いやりを持ち、それを今の自分で精一杯体現する事なのです。


家族がお肉を食べるから・・・

みんなでお食事に行くから・・・


そんなのは言い訳になりません。


今の自分の立場で精一杯が出来ている事が何よりも大切なのです。


1人でも多くの人が全ての人間の本質である、「アヒムサー」に気付き本来の意味でのヨガの道に進めるようにと願っています。


そして、DGでは皆様のアヒムサーライフを全力で応援しています。


全てに思いやりを持つ心を育てる事。


それがヨガライフだと思うから・・・




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# by uz-ni-chan | 2017-07-30 16:26 | Vegan